日記がメイン活動になってしまった古今

出会い系を利用するようになってどれ位経つだろう。
数年は経っているような気がする。
はっきり覚えていないのは、入会当初、出会い系ではほとんど活動せず、たまに掲示板を見たりプロフを見たりするだけだったからかもしれない。
今のように、日記を書くこともしなかった。
日記活動よりも出会い自体を求めていたから、日記で発信する情報は反って出会いの妨げになるのではないかと思っていたからだ。
とはいえ、私は出会い系の雰囲気にちょっと苦手意識があり、未だかつて出会いに至ったことがない。

私は何か書き物をすると仕事の癖が出て、言葉の言い回しが小難しくなったり、やたらと論理的に書きたがったりするところがある。
知った被ったような書き方というのは毛嫌いされる。
価値観が異なる他の人の日記において、やたらと理屈っぽく断定調に書かれていると、思考をレイプされているような気持ちになってくる。
多分、私の日記にもそういうところがあるんだろうと思う。
日記の書き手と読み手の価値観が似ていれば、相通じ合うものが生まれるかもしれないが、そうでなかったら「何様のつもり?」ということになる。

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日記を書くことで自らの価値観を露わにするのだが、そのことが出会いの妨げになることもある。
特に日記を書いていない人にお誘いのメールを送った場合、お相手は私の価値観を日記よってある程度知ることができるが、私の方は未知の状態である。
特に、自己紹介がない場合は未知の度合いが高くなる。
その状態で、相手の価値観が私を受け入れがたいものだとすると、私のメールはスルーされたり、逆に拒否メールが来たりする。

それも1つのお付き合いの方法ではあり、価値観が違っていれば何れ別れや衝突となるのであり、初期段階でそれがわかるというのは、むしろ良いのかもしれない。
しかし、文章というものは、表現の方法が適切でなかったり、相手の方の受取り方が思っていたのと異なっていたりと、必ずしも完全な伝達方法にならない場合もある。
細かいニュアンスを伝えたい時は、面と向かって話し合いをした方が良いと思うのである。
面と向かって話し合うには実際に出会わなければならないが、そうなるためには日記を書いたことが障壁になってしまうことがある。

私の出会い系の利用目的は日記活動ではなかったのだが、いつの間にか日記活動がメインとなりつつある。
日記活動がメインとなるにつれて、出会いを求めようとする気持ちに衰退してしまった。
その理由が上に書いたような思いがあるからだ。

他の会員の方の日記とプロフィールに書かれた利用目的との関係を調べてみると、日記活動を行っている人は出会いをあまり求めていない方が多い。
あるいは、出会いの目的を掲げつつも、既に特定の方がいて日記にその方との日常を綴っていたりする。
入り込む余地が無いのである。
一方で、掲示板を掲げて積極的に出会いを求めている人は、あまり日記活動をしていない人が多い。
特にアダルトな出会いを求めている人は日記を書かない傾向が強いような気がする。

出会いを求めるのであれば、日記を書くより掲示板のキャッチコピーを考えた方が良いのかもしれない。
アダルトな掲示板にある女性があの手この手で表現してくるキャッチコピーには飽きないものがある。

出会い系サイトであるならば、出会いがなければ意味がないようにも思う。
日記活動をメインにするならば、ブログサイトやFacebookでも事足りるような気がするのである。
出会いを求めている人々を出会い系サイトという仮想空間に閉じ込め圧縮することで出会いの機会を高めることに出会い系サイトの価値があるから、日記活動をメインにするというのは本来の目的から外れるような気がする。
出会い活動にポイントを消費することこそが本来の姿なのかもしれない。

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